この短刀は備前国住長船祐定 大永元年八月吉日と銘があります。祐定は与三左衛門尉、源兵衛尉、彦兵衛尉らを筆頭として
室町時代末期の備前長船を代表する刀工集団であり、祐定の一派は特に名を高めて江戸、明治、大正、昭和までの長きに亘り
繁栄しました。現在もその祐定の名跡を継ぐ現代刀匠が同地で活躍しています。
本作は比較的元重ねの厚い鎧通し風の造り込みで、表には毘沙門天、裏には大黒天の梵字を彫ります。小杢目良くつむ精美な
地鉄に小沸出来の浅い湾れ基調に互の目交じる刃文を焼き、刃中には砂流し、金筋盛んに入ります。帽子は掃き掛け表は丸く、
裏は火焔風に深く返ります。俗名は切られていませんが、その銘字と入念な造りと吉日に作刀をされていることから与三左衛門尉祐定と推定される一口です。『日本刀工辞典』600頁の銘に酷似するもので大永元年は与三左衛門55歳の作刀となります。
与三左衛門祐定を特に愛刀とした歴史上の人物には尼子十勇士と言われる山中鹿介(幸盛)、大永期の祐定には黒田官兵衛が所持をしていた名物「安宅切」が有名です。また加藤清正も永正の祐定を愛刀としていたと言われます。
本作、茎は少し朽ち込んでいますが、刀身研ぎ上がり品にして、地刃が冴え末備前の典型的作風を示す傑出の一口です。
【種別】短刀
【長さ】21.0㎝
【形状】平造り 庵棟
【地鉄】小杢目良くつみ精美
【帽子】掃き掛け表は丸く、裏は火焔風に深く返る
【茎】生在銘 勝手下がり鑢目 刃上がり栗尻 角棟
【登録】平成15年東京登録